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★★★★★★★★★☆
2019年
監督  トッド・フィリップス
出演  ホアキン・フェニックス  ロバート・デ・ニーロ
R15+

ジョーカーは私たち自身であるということを受け止めなければいけない

孤独で心の優しいアーサー(ホアキン・フェニックス)は、母の「どんなときも笑顔で人々を楽しませなさい」という言葉を心に刻みコメディアンを目指す。ピエロのメイクをして大道芸を披露しながら母を助ける彼は、同じアパートの住人ソフィーにひそかに思いを寄せていた。そして、笑いのある人生は素晴らしいと信じ、底辺からの脱出を試みる。


第76回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞作品。監督は「ハングオーバー!」シリーズのトッド・フィリップス。出演はホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ。また「ハングオーバー!」で主演を務めたブラッドリー・クーパーがプロデューサーを務めている。

にわかに世間を賑わせている本作。アメコミ映画史上初のヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞した。もちろん「ジョーカー」とはDCコミックスの「バットマン」シリーズに出てくる悪役のジョーカーの事であり、本作は一人の人間がジョーカーになるまでを描いている。

賛否両論が巻き起こり、大バッシングと大絶賛の両方の評価が飛び出しているなど、話題のジョーカーだが僕はこの作品は素晴らしい作品であり、今私たちの社会が抱えている大きな闇を描いているという点でも本作は特筆すべき映画だと思う。

私たちの多くは当たり前のように社会の中で何かしらの組織に所属し、その中で生きている。本作の主人公アーサーもその一人で、彼自身が抱える病気を除けば彼は私たちと何一つ変わらない。ただ人と言う生物は厄介で組織にいたとしてもなお孤独を感じる。集団の中で感じる孤独は辛い。誰かに認められたい、誰かに自分の存在を見てほしいという欲求が湧き上がってくる。それ自体は誰しもが持ち得る感情だ。

しかしアーサーはその所属していた居場所すら失ってしまう。自分が親しくなったと思った人間も幻でしかなかったと。人々から嘲笑われ、誰からも必要とされず、自分と言う存在の意味すら見いだせなくなったアーサーが抱える怒りや苦痛は、もはや暴力と言う手段を持ってしか、吐き出す事が出来なくなったのだろう。

私たちはアーサーがやっていることは間違いであると言い切る事が出来るか。映画を観る前の自分なら間違っていると言いきれたかもしれないが、映画を観終わった今ではその答えが分からない。アーサーにとってはその暴力こそが正義だからだ。ジョーカーとなったアーサーは上級の人間から言いつけられる正義に唾を吐く。そして彼は彼の正義を世の中に見せつける。

人間にとって他人の悲劇などジョークでしかない。例えば「キング・オブ・コメディ」のルパートは司会者を縛り付けてまで番組に出ようとする。そんな彼の話を観客はジョークとしてしか受け取らない。本作でも同じで、アーサーがどれだけ辛い人生を送っていようが、それは他人にとっては笑い話にしかならない。他人の不幸は蜜の味とはよく言ったものである。

これは全くもって他人事ではない。日本に限った話ではなく、暴力を持って世間に自分の怒りをぶつけてきた人間を私たちは何人も観てきたはずだ。そんな人たちに私たちは決まって「あいつは人と違う。頭がおかしい。だからあんな酷い事が出来る」と言ってきた。これを見ても同じことが言えるか。その彼らが暴力でしか他者と交わる事が出来ないこの社会を作ったのは誰なのか。私たちは真剣に考える必要があるだろう。

本作は「タクシードライバー」や「キング・オブ・コメディ」に着想を得ていると言われているが、そう考えると違った見方が出来るのではないか。そもそもアーサーはジョーカーになったのか、と言うことだ。映画の最後はアーサーが面談で笑っているシーンだ。だとするとそれまでの話がそもそもアーサーの妄想である可能性もあるのでは。そう考えるとますます興味深いだろう。

ホアキン・フェニックスの演技は言わずもがな。見事としか言いようが。ジョーカーを演じた人間は過去にジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レトなどがいるが、彼らに比べてホアキン・フェニックス演じるジョーカーは最も人間らしいと言える。彼の持つ狂気は悲哀に満ちていて、観ている私たちの胸を締め付ける様だ。その対極にいるのがヒース・レジャー演じたジョーカーではないだろうか。彼が演じたジョーカーはまさに悪の権化と言った感じだ。

ジョーカーは究極の愉快犯であるが、こんなにも悲しい物語があるのだろうか。彼はジョーカーになるしかなかった。そこでしか生きられなかった。そしてそれは他人事ではない。いつ私たちがジョーカーになっても不思議ではない。ジョーカーは押さえつけられた価値観の中で苦しんでいる私たちの代弁者なのだ。決して簡単に消化できる映画ではない。覚悟して観るように。